雨に強く、破れない。登山者の命を守る地図を50年支える素材
ユポが「山と高原地図」の、普通紙に代わる素材として採用されたのは1973年版から。以降50年以上、同地図とともに歩んできました。今回はユポ 営業本部ソリューション営業部の樋口智之が昭文社を訪ね、出版事業本部生産管理部部長の金原正雄さん、同部地図編集課課長の川上将さん、編集部旅行書編集課課長の市川智教さんにお話をうかがいました。
目次
1.「山と高原地図」ー 登山地図というジャンルを作った昭文社の60年

「山と高原地図」の創刊は1965年。当時、山に登る人たちが頼りにしていたのは、国土地理院が発行する一般的な地形図でした。登山専用に設計された地図は、まだまだ多くは無かったのです。
そのような時代に昭文社が登山地図づくりを始めた背景について、生産管理部の川上さんはこう言います。
川上さん:山での遭難事故で最も多い原因は、今も昔も道迷いです。ですから、当時もそういう問題があったはずです。きっと地図会社として、問題解決したいという使命感があったんじゃないないでしょうか。

生産管理部の金原さんも、当時の登山事情を振り返りました。
金原さん:道があるかないかわからない山中で、今自分がどの方角に向かっているかを常に確かめながら登る。その頼りが地図だったわけです。ただ国土地理院の地形図は日本全体を碁盤の目のように区切っているので、自分が登りたい山の周辺を、ちょうどよく見られる図面が必ずしも手に入るわけではない。だったら人気のある山を中心に据えた地図を作ろう、というのが始まりじゃないかと思いますね。

こうして昭文社は、登山専用地図というジャンルそのものを、切り拓いたのです。大阪発祥の会社として六甲山など西日本の山域からスタートし、その後全国へと展開。以降60年以上にわたって登山者の安全を支え続けています。
2. 普通紙の地図が抱えていた限界 ー ユポ採用の背景
ユポは、耐水性と耐久性を兼ね備え、登山環境における普通紙素材の課題を解決するために採用されました。
創刊から約8年、普通紙で作られていた「山と高原地図」が大きく変わったのは1973年版のこと。表紙にはこんなコピーが躍っていました。「へんしんした山地図。雨に強い...破れない...」。さらに「にわか雨に降られたら傘がわりにしてください」という一文まで、添えられていたのです。背景には、素材としてユポが採用されたことがありました。

では、切り替え以前の普通紙の地図には、どんな課題があったのでしょうか?
取材当日、昭文社で見せていただいた1971年版の普通紙版の地図と1973年版のユポ版の地図を並べると、その差は一目瞭然です。普通紙版は折り目から破れ、使用していなくとも劣化が進んでいます。金原さんはその様子に対して、こう話してくださいました。
金原さん:折り畳む地図ですから、折り目がやっぱり弱くなるんですよね。そうでなくとも、登山に使用して何かの拍子に水を吸い込んだらボロボロになってしまいます。それが当時はかなりネックだったんじゃないかと思います。

当時のユーザーがどれほど水濡れに苦労していたかーーろうそくのロウを地図に塗ってアイロンでなじませて耐水性を持たせたり、透明の幅広テープを全面に貼ったり、ビニール袋に入れて濡れないようにしたり。そういう工夫をされている方が結構いたそうです。取材を担当した樋口はこう振り返ります。

樋口:ユポは耐水性があり、折りたたんでも破れない。だから当時のユーザーさんの手間を解消できる素材ということで、積極的に受け入れていただけたんだろうなと思っています。
ユポが製品化されたのは1969年のこと。その新しさにいち早く注目して採用してくださったのが昭文社さんでした。
普通紙よりもコストが上がることはわかっていても、登山者のために素材を変えるという判断をしてくださった。その頃からずっとお付き合いいただいています。だからなおさら、期待に応え続けなければと思うのです。
出会いから50年以上。昭文社とユポの関係は今も続いています。

昭文社で見せていただいた1971年版の普通紙版(右)と1973年版のユポ版(左)。普通紙版は色褪せ、折り目から破れが生じているのに対し、ユポ版は折り目も保たれ、色鮮やかな印刷の地形表現も健在。
3. 登山地図に求められる条件とは
「50年以上のあいだ、ユポが採用され続ける理由は?」と問うと、「登山地図に求められる条件をすべて満たしている素材が、他にないからです」と川上さん。その「登山地図に求められる条件」として、次の4つの具体的なポイントを挙げてくださいました。
●耐水性 ― 突然の雨、沢の飛沫、結露。山では常に水分との戦いです。
●破れにくさ ― 大判のシートを手のひらサイズに折り畳んで携帯するため、折り目から傷みやすい。
●軽さ ― 登山者は荷物の重さにとても敏感で、わずかな差でも選択基準になります。
●色の再現性 ― 標高を色で、地形を陰影で立体的に表現しており、色の正確さは安全情報の伝達に直結します。

「山と高原地図」は毎年改良を重ねています。複雑な分岐へのイラスト拡大図、「水場は枯れることがあるので注意」「ここから槍ヶ岳の眺望が良い」といった赤字の詳細注記など、初心者でも安全に山を楽しめる工夫が随所に盛り込まれています。
川上さん:登山は楽しい面も、危険な面もあります。万人に安全で安心な登山に貢献できる地図にしようと、毎年工夫を重ねています
その情報を支えているのが、地元の山岳専門家や登山ガイドたちによる毎年の実地調査です。古い情報を山に持っていくことが登山者の命に関わる――それが改訂を続ける理由にほかなりません。

4. イベントで実証されるユポの強度
そのユポの丈夫さを、登山者に直接体感してもらう機会があります。それが、昭文社が山岳イベントのブースで実施している「山と高原地図、破れるかチャレンジ」です。
川上さんが笑いながら教えてくれました。

川上さん:来場者に実際に地図を破ってみてくださいと言うんですが、約9割の方が破れないんです。子どもが一生懸命やっても無理で、それを見ていたお父さんが『そんなわけないだろう』と挑戦して。それでもやっぱり破れない。
『これ、本当に紙なんですか?』と、目を丸くされます。普段自分で買った地図を破ろうとする人はいないので、改めてやってみるとその丈夫さに驚くんですよね。土砂降りの雨の中でイベントをやったときは、地図を傘代わりにしてアピールしたこともありました。

5. 印刷地図とデジタルの役割分担
スマートフォンの普及とともに、登山アプリを使う登山者は年々増えています。昭文社自身も「山と高原地図」のアプリ版を展開しており、印刷版の地図情報をデジタルで見られるほか、ルート設定や記録機能も備えています。ではなぜ、印刷版の地図も作り続けるのでしょうか。

市川さん:デジタルかアナログかではなくて、両方使いましょうというのが弊社の考えです。それぞれ一長一短がありますので、どちらか一つだけだとリスクがあるんですよね。
アプリには現在地をリアルタイムで確認できる強みがありますが、画面上では見える範囲が限られます。一方、印刷版の地図は広いエリアを一覧でき、ルートのプランニングに向いています。そして何より、電源が不要です。

川上さん:山の上って普通に氷点下になることがあって、スマートフォンが突然ブラックアウトして起動しなくなることが、実際にあるんです。そして山小屋の充電コンセントはみんな取り合いになるくらい混んでいます。防水スマホでも水没のリスクはゼロではないですし。そういうときに印刷版の地図があると、本当に安心なんですよね。
デジタルアプリとアナログの印刷版、それぞれの強みを組み合わせることが、山での安全につながるのです。
6. ユポが50年以上採用され続ける理由 ー 登山地図における最適素材とは
60年以上にわたって登山者に使われ続けてきた「山と高原地図」は、今やコアな登山ファンの間でブランドとしての確固たる地位を築いています。その証拠ともいえる出来事が最近ありました。昭文社が地図デザインをあしらったジグソーパズルを発売したところ、想定をはるかに超える反響があり、現在すでに第3弾まで展開しているというのです。川上さんはこう話してくださいました。
川上さん:山に行く人の多くが、この地図を持っていくわけですよね。皆さん、この地図に対してかなりの愛着を持ってくださっているはずで、それをもっと形にしていけたらと思っています。

一方、ユポ側でも新たな構想があります。毎年の改訂で生じる旧版の地図や端材をともに活かす、リサイクルの仕組みづくりです。
樋口:使い終わった地図を回収して、コースターなどのファン用のアイテムとしてアップサイクルできれば、サステナビリティの面でも意味のある取り組みになると思っています。これだけ長くお付き合いいただいているからこそ、一緒に考えていきたいですね。

インタビューの最後、金原さんはユポへの思いをこう話してくださいました。
金原さん:今も昔も登山愛好家の方がたくさんいらっしゃいます。そういう方に安全に登山するための指針となり、山を楽しんでもらえる地図を作り続けたい。そのための素材としては、今使わせていただいているユポが現状最適だと考えています。引き続きよろしくお願いしたいと思っています

ユポは、登山地図に求められる耐水性・耐久性・軽量性・視認性を満たす素材ですーー50年以上にわたり歩みをともにしてきた昭文社とユポ。その言葉からは、長年にわたって築かれてきた信頼関係の確かさがうかがえました。
●株式会社昭文社
https://sp-mapple.jp/
●山と高原地図
https://yamachizu.jp/